富山和子「水田はダム」

昨日図書館でナショナルジオグラフィック日本版の3月号を借りたのは富山和子「日本列島との対話 風景は文化なり」の文章が載っていたからです。よい文章でした。「水田はダム」とおっしゃったのは富山先生なんですね。風景は文化であり、その根底にあったのは稲作文化。畑と水田は根本的に違うもの。水田は水を使うもの。ただ使うのではなく水を張るというところに大きな違いがでる。山の斜面を削り平らにし、木石を除き、畦をつくり、水が逃げないようにする。水の出口が次の田んぼの水の入り口になるようにし、水を引いて次々と田んぼに水が張られていく。農地は労働が作り上げた芸術品。そしてそれは決して一人ではできない作業。云々。写真も美しいので米のカレンダーがほしくなります。中の一枚の写真。山あいの田んぼの稲が台風で倒れたんでしょうね、でもその倒れた稲を4、5株ずつ束ねてくくって起こしてあるんですよね。稲刈り前の田んぼ。山あいの小さな田んぼだからできたことでしょうけれども、こんな写真を見せられると胸が熱くなります。